巨匠・尾高惇忠が「多くの人に弾いてもらいたい」という想いを込めて書いた、
子どもから大人までが演奏することができるピアノ曲集。
演奏家と未来のピアニストたちへ贈る、新たなレパートリー!
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尾高惇忠(おたか・あつただ)
1966年 東京藝術大学作曲科卒業。在学中、作曲を池内 友次郎、矢代秋雄、三善 晃、ピアノを安川 加寿子の各氏に師事。同年9月、フランス政府給費留学生として渡仏、1970年 パリ国立音楽院卒業。この間、モーリス・デュリュフレ、マルセル・ビッチュ、ジャン・クロード・アンリー、アンリー・デュティーユの各氏に師事。
1982年 オーケストラのための“イマージュ”で第30回尾高賞、2001年 オルガンとオーケストラのための“幻想曲”で別宮賞を受賞。2012年交響曲~時の彼方へ~で第60回尾高賞。
現在、東京藝術大学名誉教授。
曲を聴く ※各曲目をクリックすると、視聴動画が開きます。
数々の受賞歴を誇る作曲家・尾高惇忠。
オリジナル・ピアノ作品集『音の海から』発売にあたり、作品に対する想いや、作曲家から見た「音楽との向き合い方」、そして演奏者への願いを語っていただきました。
- まず、尾高先生とピアノとの出会いや、作曲家になろうと思った時のことを教えてください。
- 母親がピアニストで、ピアノの教師もしていたので、いつもピアノの音は聴いてたんですね。うちにピアノがあったから、時々触ってみたり…。触ってみて少し音が出たりしたのは、たぶん小学生だったと思います。
作曲を目指したのは高校生の時です。元々、僕は作曲よりピアノを弾くことの方が好きだったんですが、作曲とピアノのレッスンを同じ先生のもとで始めたのが、作曲家になろうと思ったきっかけかな。
- 音楽に囲まれた環境のなかで、どんな少年だったのでしょうか?
- ピアノはずっと好きでしたけど、小学生の頃は山に行って桑の実を取って食べるなど、とにかくいっぱい遊びました。大学生の頃は、試験の課題曲の譜読みが面倒だと思ったこともあったなぁ(笑)ピアノがいつもそばにあって音楽がそこにあるというのが当たり前だったから、「音楽がやりたくて仕方がない!!」といった情熱を持った学生を羨ましいと思ったこともありました。
- ところで、『音の海から』の話に移りますが、表紙のご感想はいかがですか?
- 現代的で、とてもすてきだと思います。自分の作った音楽が楽譜という形になるとき、どう仕上がるのか想像がつかないので、不安でもあり楽しみでもあるんです。出来上がった表紙を最初に見た印象は「僕のイメージより鮮烈!」というものでした。でも、見ているうちにだんだんしっくりくるようになって。絵が大好きな妻は初めから「あら、いいじゃない。ステキ」と喜んでいましたよ。
表紙の全面を見ると、お皿にお料理がのっているようにも見えるでしょ?(笑)
- 『音の海から』制作の動機は何だったのでしょうか?
- 必死で自分の世界を表現しようと思って追いかけた曲って、技術的な意味でも難しいし、特殊な人しか弾けないと思うんです。それは作曲家として勝負している気がしているんだけれども、ほかにも、いろんなスタイルの中で自分が表現したいことを本気で表現すれば、また違った1つの世界が作れるんじゃないかと。
「子どものための」という意味で短い曲ばかりではなく、もう少し長さがあって、ピアノを学ぶ多くの人に弾いてもらえるピアノ曲が書けたらいいなあと、思ったんです。
- この曲集を通して何を学び、どんなことを感じてほしいですか?
- 音楽の流れや、あるいは音のきれいさ・バランス・ハーモニー感です。曲によってそれは変わるもの。だから、それぞれの曲で本当にきれいな音で弾いてほしいっていう思いがあるんです。
「この曲ではこういう風に弾いてほしい」というようなことは僕は思わない。そのかわり、例えば、対位法で書かれている曲なら、音が織り成すハーモニーの変化というものをどこまで感じて弾いてくれるかで、演奏の感じはすごく変わってくるはずですよね。
- 楽譜に記された「記号」の解釈についてどうお考えですか?
- ダイナミクスに関しては千差万別でいいと思っています。よくp(ピアノ)は「弱い」と日本語にしますが、本当に弱い音というのは滅多にないんです。小さい音でとても緊張のある音っていうのが求められることが多い。例えば、この(同曲集:フーガ)出だしもナヨナヨした音ではなく、この細胞(=音)自体が将来的にff(フォルティッシモ)になる可能性を内包した、力強さを持ったp(ピアノ)が欲しいんです。
コンクールでは、演奏家は自分が一番いいと思う解釈で弾いていますが、「自分の思う音と違う」と感じる時もあれば、「僕は知らなかったけれどそういう風に弾いてくれるとかっこいいじゃない」と思ったことも。音楽は書き手が50%、あとの50%は演奏家次第だと思っています。演奏家1人1人が「私はこう確信する」というものを目指してくれると、作曲者っていうのは嬉しいと思いますよ。
- ピアノの先生には、どんなレッスンを望みますか?
- そうですね。先ほどの解釈の話につなげるとすると、子どもの「こう弾きたい」を尊重できるといいと思いますね。それはある種の「芽生え」だから、子どもにも「ここは、私はこうやって弾いた方がいいと思う」というのがあるかもしれない。先生が思う音と弾き比べつつ《こう弾きたい》を育ててあげるのがいいと思いますよ。
- 最後に、この曲集をどう受け止めてほしいですか?
- 大いに愛してちょうだい!(笑)
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