篠崎功子先生より

父・弘嗣は、私が物心ついた頃から毎日のように、「ヴァイオリン教本」をより充実させるための改良作業に朝から晩まで取り組んでいました。教本についての父の考えと姿勢は一貫していて、ひとつの原稿ができてからも、気づいたことを書き込んだり、ハサミで切り抜いたものを楽譜に貼ったり……の繰り返しでした。ひとつアイディアができては私が呼びつけられ、教本の「お試し」をさせられていたことも、よき思い出です。

このような父のたゆまぬ努力によって生み出された「篠崎ヴァイオリン教本」は、いわゆる「曲」ばかりでなく、楽器の構え方などの基礎から左指や右手の練習、音階、カイザーまで、本来であれば何冊も楽譜を購入して学ぶ内容が1冊ずつにまとまっています。この利便性が、長きにわたってみなさまにお使いいただいている理由なのではないかと思います。

この教本は、1巻から順に取り組んでいただけると、苦労が少なくヴァイオリンを弾けるようになります。ですが、スピード感を求められる現代においては、かならずしも1巻から順でなくともお使いいただけますし、いずれにしても4巻まで終えれば、クロイツェル教本などの専門的なステップに進むことができます。

教本の特色として、2巻以降にはカイザー教本の短縮版を掲載しています。これは、子どもたちにとってカイザー教本の1曲1曲があまりにも長く、譜読みに時間がかかってしまうので、それよりも短縮版を用いてきちんとヴァイオリンの技術の基礎を身につけてほしいという父の願いからです。余談ですが、私の自宅の近所には代々木八幡宮があり、マンションの8階くらいの高さまで伸びている樹々があります。根っこがしっかりしているからこそ、台風でも倒れることなく、大きく育つことができているのです。根っこ、すなわち基礎がしっかりしていることが大切なのは、ヴァイオリンの習熟にも当てはまります。いわゆる「曲」だけ弾いていても、ある時点でとても苦労することになるのです。高く育つためにも、この教本を通して、ヴァイオリン演奏の根をしっかりと張っていただきたいと思います。

またこの教本は、独習にもお使いいただけます。初版出版当時の日本には、ヴァイオリンの先生が少なくて、たとえばギターの先生や三味線の先生がヴァイオリンも教えるという状況だったようです。こういった背景から、独習でもヴァイオリンを弾けるようになってほしいという父の思いがつのり、これほどに文章の詰まった教本ができました。

私自身、フランスへ留学した際に、指導してくださったジャンヌ・イスナール先生から「これは全部あなたのお父さんの教本に書いてあるよ」と何度も言われたことがありました。先生は、通訳さんを介すなどして、父の教本を読んでくださっていたようで……。教本を使っていた幼い頃の私は、正直なところ教本の文章をあまり熟読してはいなかったのですが、これほどに内容が緻密であったということに後から気づく機会を得られた形です。

現在ではヴァイオリンのすばらしい演奏家がたくさんいらっしゃいます。基礎をちゃんと身につけさえすれば、あとはどんなジャンルの演奏も楽しむことができます。けれども、クラシックのヴァイオリン演奏は再現芸術ですので、本を読むのと同じように楽譜を読んで、言葉(フレーズ)を表現し、少しでも作曲家の意思に近づけるようになると、演奏するのがさらに楽しくなります。

プロフィール

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篠崎功子 Isako Shinozaki

「ヴァイオリン早教育」で著名な父、篠崎弘嗣に幼少の頃からヴァイオリンを学び、4歳で初舞台、14歳で第一回ソロ・リサイタルを日比谷公会堂で開き、注目を集める。この頃から、ラロ、メンデルスゾーン、ベートーヴェン、ブラームス、チャイコフスキー等の協奏曲を数多くのオーケストラと協演。東京藝術大学付属音楽高等学校にて、兎束龍夫氏に師事。桐朋学園大学音楽学部にて、ジャンヌ・イスナール、斎藤秀雄の両氏に師事。
1964年、NHK・毎日新聞社主催、第33回日本音楽コンクール第一位、大賞並びにレウカディア賞を受賞。同年、海外派遣コンクールで安宅賞を受賞。
1966年、イタリアジェノヴァで開かれるパガニーニ国際コンクールで第三位。
1968年、フランスに留学、旧師ジャンヌ・イスナール氏に学ぶ。
1974年、ロドリーゴのヴァイオリン協奏曲を日本初演、ロドリーゴの招きで、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラフェスティバルに参加。
1977年から、演奏家7名、作曲家7名の協業による「アンサンブル・ヴァン・ドリアン」の一員として、多くの現代作品の紹介に努める。
1983年、第一回中島健蔵賞を受賞。
以後、ソリストとして、多くのオーケストラと協演する他、室内楽、現代曲の演奏にも積極的に取り組み、池辺晋一郎プロデュースの“Sound Splash”に出演するなど、邦人作品の初演も数多く、中国、東南アジア、アメリカ、南米、スペイン、ドイツ、オーストリア等でも演奏を行っている。石井眞木、山田泉、池辺晋一郎、一柳慧などの作品演奏のCDをリリース。
また、「新しいヴァイオリン教本」「若い人のヴァイオリン教本」「学生協奏曲」など、教則本のCDも高い評価を得ている。
桐朋学園大学音楽学部特命教授、東京音楽大学元客員教授、日本弦楽指導者協会理事。

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