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桑原ゆうKUWABARA, Yu
Tamamo Ryūgū Amagoi Odori (Tamamo Dragon Palace Rain Dance)(2025)
玉藻竜宮雨乞踊(たまもりゅうぐうあまごいおどり)
- 楽器編成
- pf
- 演奏時間
- 5’45”
- カテゴリー
- ソロ
- 委嘱
- 第6回高松国際ピアノコンクール(第3次審査課題曲)
- 曲目解説
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玉藻公園の水門から対岸の天守台跡をのぞむと、松が水面に反射し、青緑色に煌めいて、辺り一帯が龍宮城かと想われた。案内していただいた折に、そう感想を伝えると「与謝野晶子も同じように感じたようですよ」という、思いがけないことばがかえってきた。
──わたつみの 玉藻の浦を 前にしぬ
高松の城 龍宮のごと
与謝野晶子も此処に立ち、この景色に心を動かされ、歌を詠んだ。そのときの彼女の心の振動は、いまも波紋のようにひろがり、脈打っていて、それに私の心が共鳴したようだった。私たちはこのように、時を超えて過去の人びとと触れあうことができる。現在の私たちは、それによって生かされている。
じつは、日常のありとあらゆるところに、過去の人びととコミュニケーションをとるための「よすが」がある。伝統や文化とは、そういうたぐいのものだ。雨乞踊も、クラシック音楽も、そうである。過去の人びとの生きた「徴」は、私たちがそれを見つけ出すのを、いまか今かと待っている。作曲を含む、ものをつくる行為というのが、物事を明らかにしたり人に見えるようにしたりする行為であるならば、今回私が書くべきは、香川のいまと過去とをつなぐための音楽だと考えた。
高松城の海の奥ふかくに、龍王の治める龍宮がある。そこへ、讃岐の各地より、雨乞い踊りの行列が入れかわり立ちかわりやってきて、唄と踊りを奉納しては、また陸にかえっていく。龍王がその唄と踊りに歓べば、その力は海全体に広がって、水が豊かになり、讃岐に雨の恵みをもたらす。下手い唄と踊りは、龍宮も海も、讃岐の土地をも枯らしてしまう。そんな架空の伝説による幻想世界を表現するのが《玉藻龍宮雨乞踊》である。
実際の作曲は、香川県の各地に伝わる雨乞踊の唄のコラージュとその展開に依る。引用した雨乞踊は、登場順に、弥与苗踊、和田雨乞踊、綾子踊、佐以佐以踊、田野々雨乞踊、坂本念仏踊、北条念仏踊、滝宮念仏踊である。楽譜には、その都度どの引用かを示してあるので参考にされたい。各旋律を見渡し、比較検討してみると、共通する音の動きがあったり、ある程度の長さの節回しを共有したりしている。いずれの唄も、もとをたどればひとつの旋律を起源とするのかもしれないと考えると、わくわくする。念仏踊系統では、短い節に少しずつ変化を加えて歌っていくのがおもしろい。そのような節回しの変奏と、複数の唄のあいだの関連性、類似性、親和性をたどっていくように作曲した。
演奏においては、1.日本の唄をどう表現するか、2.ピアノ音楽の文脈からこの作品をどう捉えるか、などに眼目があろう。1については、いわゆる西洋音楽の旋律の美しさとはちがった素朴な味わいを発見し、表現してほしい。2については、本作を西洋クラシック音楽の文脈から見れば、コダーイやバルトークが自国の民謡等を採集して作品にした流れの日本版であると位置付けられるだろう。各旋律の色を保ちつつも多声的に、日本の節回しと西洋ピアノ音楽の「あわい」を探究してほしいと考える。
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